玉造黒門越瓜の畑

大阪市中央区玉造にある玉造稲荷神社の玉造黒門越瓜畑。この畑で採れた越瓜は食味祭をはじめ、各イベント等で使われています。

また、畑には「なにわの伝統野菜・玉造黒門越瓜」として復活したことを記念し、平成16年7月「(社)大阪外食産業協会」により玉造黒門越瓜の石碑が建立されました。

 

玉造黒門越瓜の露地栽培(玉造編)

≪3月〜4月頃≫
よく肥えた土で畝を作り種を播く。種は3粒ほど播き、発芽した苗のうち一番元気なものを一つ残し、他の苗は間引きする。間引きは本葉3枚目位で執り行う。

≪4月下旬〜5月上旬≫
多くの苗で本葉4、5枚となる。追肥する。

≪5月中旬〜5月下旬≫
本葉6枚〜7枚で親づるを摘心。子づるが伸び、子づるにも葉が茂りはじめる。

≪6月上旬〜≫
開花後、雄花の花粉を雌花へ付着させる。(人工受粉)
雄花…黄色い花びらのみ。
雌花…黄色い花びらの下に膨らみ
(果実になる部分)がある。

≪6月中旬〜≫
無事受粉が終わると雌花の花びらが取れ花びらの下の膨らみが大きくなりはじめる。(結実)

≪6月中・下旬〜≫
よく陽にあて、実の色を濃緑色にする。ナメクジ等の害虫に気をつけ、水を充分与える。(写真は約10cmの玉造黒門越瓜)

≪6月下旬〜≫
収穫開始

≪9月中旬〜≫
来年の栽培に向け、乾燥させた玉造黒門越瓜の茎・葉を燃やし肥料として土へ戻す。

 

浪花名産となって行く過程

古代中国・越の国から伝えられたことから日本では越瓜と書いてシロウリと呼ばれ、大阪では西成郡の木津村や今宮村が越瓜促成栽培の元祖とされている。

この越瓜栽培が大坂城の城南に位置する玉造村にも伝わり大坂城の惣構である玉造門(黒門)付近で良質の越瓜が採れたことから玉造黒門越瓜と呼ばれた。

当時お蔭参りの玄関口として栄えた玉造において玉造黒門越瓜は旅客等にたいへん評判よく、奈良漬として浪花名産のひとつとされた。

しかし、玉造の町は近代の都市化により大きく様変わりし、越瓜栽培は東大阪や関西各地へとその名と共に変遷していった。

 

余談

私の旦那さんは、一時期「玉造黒門越瓜」を栽培する仕事をしていました。ただ、旦那の場合は仕事がうまくいかず、この時は収入もかなり少なかったです。

結果、私の名義でお金を借りて生活していたこともあります。。。

ただ今は、仕事も軌道に乗ってうまくいっているんですけどね!いい思い出です。

そのおかげで、私もそれなりに自由な生活をさせていただいてます。もちろんそんなに贅沢は出来ないですけど、たまに旅行などに行けてます。

今日も京都まで脱毛しに行ってきました。こちら⇒http://xn--wckwfybb4119azuzbnh5aoo0a.net/

これからも、旦那さんには頑張ってもらわなければ!!

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